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高倉研究室

自動車模型後部における上面傾斜とディフューザーの効果 (文献[1])


1.概要

近年,自動車の高速化や高性能化に加え環境問題への対応が重視されている.中でも抗力や揚力の低減は,燃費や走行安定性,最高速度などに大きく影響し,自動車の空力開発にとっての重要な項目の一つである[2].しかし,自動車はデザイン,居住性,載積性などへの要求も強く,両立して空力特性を向上させなければならない宿命にある.特に車体上部における前方と後部周辺にそれらの制約を受けるため,空力的付加物や車体床下形状の最適化によって空力特性を向上させる案が浮かび上がる.
ここでは後者の中でもリアディフューザーに注目した.リアディフューザーは車体下面のアンダーパネルの後部で気流の出口に当たるリアエンド部を含む領域に装備される.車体下面を後方に向けて斜めに跳ね上げた形状をしており,その中では空間が緩やかに拡がっていく結果,床下の気流が通過しやすくなり,負圧が強まるのでダウンフォースが増大する[3].当研究室の米満によるリアスポイラーの研究[4]においては,車体上部の流れは車体下部後端の流れへ影響を及ぼすと考察された.これより,上面と下面の流れは互いに影響を及ぼし合うことが示唆される.このことから,特定の自動車模型に関してリアディフューザーの効果を調べても,その議論は一般性を持ちにくいと考えられる.
そこで本研究[1]では後部上面傾斜の空力効果が調べられている標準模型Ahmed body[5]を基本模型として用いる.車体模型の下面後方にディフューザーを設け,模型後部における上面傾斜とディフューザーの空力的効果を,風洞実験により揚力と抗力に関して調べた.その結果,
1) 25°までのいかなる上面傾斜角に対しても,揚力はディフューザー角が20° のとき最小となりそれよりも角度を大きくすると激増する,
2) 30°までのいかなるディフューザー角に対しても,上面傾斜角を小さくすると揚力は減少する,
という結果を得た.
さまざまな流れの可視化法により揚力が低減される要因が確認できた.

2.供試模型

本研究では,模型形状としてAhmed body[5]を採用する.Ahmed bodyは,前方を丸めた形状であるため後部の流れに大きな影響を引き起こさない.ここでは供試モデルとして1/5縮尺模型を使用する. 模型後部の上面傾斜角度は0° から5° 間隔で25°までの計6パターン,模型後部の下面にあるリアディフューザーの傾斜角度は 0°から5°間隔で30°までの計7パターン,合計42パターンについて,それぞれ抗力と揚力の測定を行う.以下,後部の上面傾斜角度をα,リアディフューザーの傾斜角度をγとする(Fig. 1).

3.実験の設定

実験には東海大学大型低速風洞(吹出口:高さ1.0m×幅1.5m)[5]を用いる.リアディフューザーの効果を実験的に捕えるには車体下面流れを再現する必要があるため,風洞の測定部に境界層吸い込み装置付きムービングベルト地面盤を設置し,その上方に供試モデルを位置させる.

3.1 実験条件
風洞の流速及びムービングベルトの送り速度は20m/s,模型の路面高を40mmに設定した.

3.2 3分力の測定
揚力と抗力の測定には,ひずみゲージ式ロードセルを用い,固定したロードセルに供試モデルをワイヤーで接合する.揚力(前輪揚力と後輪揚力)を計測するために風洞測定部上部にロードセルを2個,抗力を計測するため,前後の車軸両端に1個ずつと車体後方に1個を置き計5個,全部で7個のロードセルを使用した.ロードセルから出力される電圧信号はストレインアンプでレンジ設定を行い,A/Dコンバータを経てパソコンに蓄える.

3.3 タフトグリッドによる後流の可視化
可視化のためのタフトグリッドは,主流に対し垂直方向に設置することの多い装置[6]だが,本実験では中央対称面上流れ方向に設置した.

3.4 五孔ピトー管による後流測定
五孔ピトー管による流速ベクトル測定法については文献[7]を参照されたい.ここでは計測範囲を30mm格子間隔で,特にディフューザー直下の部分は10mm間隔で計測した.

3.5 油膜法による可視化
油膜法による可視化では,文献[6]および当研究室の鈴木による実施研究[8]を参考にし,油膜の組成における油,顔料,添加剤の配合を,流動パラフィン1.08:酸化チタン1:オレイン酸1 とした.

4.実験結果と考察

4.1 3分力測定

実験では抗力Dと揚力Lを計測したが,ここでは揚係数Clの傾向に焦点を絞る.
揚力係数Clの変化をFig. 2に示す.横軸は,リアディフューザーの角度 γ を示し,系列は模型後部の上面傾斜角 α である.本研究でCl が最小となったのは,α= 0°, γ= 20° のときであり,- 086.の値となった.揚力はいかなる傾斜角αに対しても,γ= 0 °~20° までは減少し,25° では急激に上昇した.γ=25° のときダウンフォースが減少するのは,ディフューザー内で流れが乱れて流速が遅くなるためと考えられる.模型後部の上面傾斜角αに関して見ると,傾斜のない0° のときClは小さく,傾斜を増すとClは大きくなってしまう.
Fig. 1 Upper-surface inclination
and Diffuser angle (side view)[1].
Fig. 2 Wake visualization by five-hole Pitot tube[1].

4.2 後流の可視化

揚力変化がどのような流れ場に起因するものかを調べるため,車体後部の中央対称面上の流れの可視化を行った.可視化実験では,Fig. 2 のグラフに赤○を付した条件:(a) α=0°, γ=20° ; (b) α=0°, γ= 25° ; (c) α=25°, γ= 20° の3ケースを行った.(a)と(b)の比較により,α=0° のもとでダウンフォースが最大となる場合から激減する場合のディフューザー角による流れの変化を,(a)と(c)の比較により,ダウンフォースが最大となる γ= 20° のもとで上面傾斜角による流れの変化を見る.
定性的な可視化として,タフトグリッドの場合の3ケースの可視化は文献[1]に示している. 次に,定量的な評価のために五孔ピトー管による速度ベクトルの計測を行い,速度ベクトル分布をFig. 3に示した.定量的な可視化結果は,定性的な可視化結果と合致した傾向を示している.
α=0° のもと,(a) ディフューザー角γ=20° では車体下面からの流れは後方上向きに流れており,(b) γ= 25° では,模型下面からの流れが(a)ほどきれいに跳ね上げられておらず,車体直後のはく離渦領域が大きくなっている.文献[1]のタフトグリッド図を見ると,流れが乱れて非定常性が激しくなっていることがわかる.次にγ=20°のもと,上面傾斜角が(a)は0° なのに対し,(c)は25° なので上面からの気流は後方下向きに流れている.このとき(a)と(c)は同じディフューザー角度にもかかわらず,車体下面からの気流は (c)では(a)ほど後方への跳ね上げられていない.これより上面からの気流が下面の気流に干渉していると考えられる.

Color bar (a) α=0°, γ=20° (b) α=0°, γ=25° (c) α=25°, γ=20°
Fig. 3 Wake visualization at center plane by five-hole Pitot tube

以上の定性的な可視化と定量的な測定により,ダウンフォースが増加する要因は,模型上面からの流れが下面からの流れと干渉し,上面傾斜角が小さいほど下面流れをはね上げるためであると結論される.

4.3 ディフューザー内の流れの可視化

油膜法を用い,車体下面ディフューザー近傍の空気の流れを可視化した.ダウンフォース最大時(α=0°, γ=20°)と激減時(α=0°, γ=25°)の可視化画像を文献[1]に示したように,両者ともディフューザー傾斜面上の大部分には風紋がついていない.これは,ディフューザーの開始点より空気が壁面からやや離れて流れているためと考えられる.しかしながら,γ= 20°と25°では,γ= 20°の方が模型両端からディフューザーに勢いよく流れ込んでいることがわかる.
油膜法による可視化を4.2節の後流の可視化とともに考察すると,リアディフューザー内流れは,γ= 20° の方が下面近傍が整流されて流速が速くなっていると考えられる.

5.結論

揚力・抗力の測定により,ディフューザー角γ(0≦γ≦30°)と上面傾斜角α(0≦α≦25°)に対する空力的効果を調べた.
1) いかなる上面傾斜角に対しても,Clは,ディフューザー角γが20° のとき最小となりγをそれ以上にすると激増する.
2) いかなるディフューザー角に対しても,上面傾斜角を小さくすると,Clは減少する.
流れの可視化とも併せると,揚力低減の要因が次のように理解された.
1)の要因は,Clが減少し,Cdが増加するときには模型下面流れはディフューザーによって整流されていることである.
2)の要因は,模型上面からの流れは下面からの流れに干渉し,上面傾斜が小さいほど下面流れをはね上げることである.
抵抗値の増減の理由を明確にするためには,模型後部とディフューザー上の圧力測定を実施する必要がある.

参考文献

[1] 鈴木亮哉,八木拓真,高倉葉子:自動車模型後部における上面傾斜とディフーザーの効果,日本機械学会2015年度年次大会,講演番号 G0500601,2015年9月.
[2] 小林敏雄,(社)自動車技術会編集:自動車のデザインと空力技術,朝倉書店,1998.
[3] BEARMAN,P.W.,DEBEER,D.,HAMIDY,E., HARVEY,J.K., The Effect of a Moving Floor on Wind-Tunnel Simulation of Road Vehicles, SAE Paper, No.880245, Society of Automotive Engineers, Warrendale, 1988.
[4] 米満竜太:リアスポイラーによるノッチバック車の抵抗低減に関する研究,東海大学大学院工学研究科機械工学専攻 2011年度修士論文,2012年3月.
[5] AHMED, S. R., RAMM, G., FALTIN, G., Some Salient Features of the Time-Averaged Ground Vehicle Wake, SAE paper No.840300, Society of Automotive Engineers, Warrendale, 1984.
[6] 亀岡利行,高木通俊,企画編集:日本の低速風洞,可視化情報学会誌,Vol. 14, Suppl., No.3, pp.102-103, 1994.
[7] 浅沼強編集:流れの可視化ハンドブック,朝倉書店,1997.
[8] 高倉葉子,石川貴大,米満竜太,高木通俊:5孔ピトー管による自動車模型まわりの流れの定常・非定常測定,2012年度自動車技術会秋季学術講演会,121-20125515,2012年10月.
[9] 鈴木勝利:自動車の風洞実験における油膜法を用いたエアダムの空気抵抗低減の研究,東海大学工学部動力機械工学科 2011年度卒業論文,2012年2月.



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